クロウディアの中に芽生えたレスタトへの殺意は、衝動的な感情から、次第に確固たる信念へと姿を変えていきます。殺害計画を打ち明けられたルイは何とか彼女を押しとどめようとしますが、それは最早必然の成り行きとも言うべきものであって、到底食い止められるものではありませんでした。ただでさえルイには、かつてレスタトがクロウディアを永遠の苦界に引きずり込んだ時、片棒を担いだという負い目があります。そんな彼に、クロウディアを諭すことなどできるはずがなかったのです。
起こるべくして起こる惨劇の気配に耳を研ぎ澄ませているルイの胸中など露知らず、レスタトはクロウディアの反抗を不快に思いこそすれ、それが自分の生命を脅かす程の大事だとは想像もしていませんでした。
しかし、ルイの心が自分から離れ始めていることはやはり見過ごせなかったのか、翌晩(※前回記事参照:レスタトが「お前は死を望んでいるのか?」とルイに尋ねた翌晩です)、レスタトはルイをデートに誘います。
自分がパトロンをしている、音楽家の青年の家に一緒に行こう、と誘ったのです。
その音楽家の青年は、ルイ曰く、珍しく長続きしたレスタトの『友人』でした。
レスタトはそこにしげしげと彼を訪ねていたわけだ。彼が獲物を弄び、彼らと友達関係になり、彼らをたらしこんで信じさせ、彼に好感を持つようにしむけ、愛させることさえしてその上で殺す、ということはもう話したな。そういうわけで、見たところどうやら彼はこの若者を弄んでいた。とはいうものの、それまで僕が観察したどの友情よりも長続きしていたな。その若者はいい音楽を創っていた。レスタトはよく、そのできたての楽譜を持ち帰っては、客間の四角いグランドピアノでその曲を弾いてみたりした。(中略)レスタトは彼に金を与える、幾晩も続けて彼と過ごす。その音楽家ではとても足を踏み入れることもできないような高級レストランにもしばしば連れてゆく、また音楽を書くのに必要な紙やペンなどすっかり買い与えたりする、といった具合だった。前にも言ったように、それはレスタトのそれまでの友情の中でも最も長続きしていたんだ。さすがの彼も一人の人間をほんとうに好きになってきたのか、それとも彼独特の偉大な裏切りと残忍行為へと移ってゆく単なる過程に過ぎないのか、僕にはさっぱり見当がつかなかった。(中略)そして、もちろん僕の方でも彼がどう思っているのかなどとは決してたずねなかったね。何故って、その質問が巻き起こすであろう大変な騒ぎに比べたら、黙っていることなんか大したことはなかったからね。レスタト様がたかが人間にうつつを抜かすだと!そう言って彼はかっとして客間の家具をめちゃめちゃにしただろうよ。(p206-207)……はい。
ルイがその関係を本当に友人だと信じているんだかどうなのだか、また、世間一般の皆様がどう捉えたものだかはわかりませんけれども。私はあえて言い切りたいと思います。
愛人ですね。この時、レスタトが一体なぜルイを音楽家のもとに連れ出そうとしたのか、正直言って私にはよくわかりません。少し穿った見方かもしれませんが、これは間違いなく、愛妻を妾宅に出向かせようとした行為であり、「妬いて欲しくて」などという甘っちょろい言い訳では済まされない行為です。断られるに決まってるだろ。馬鹿なの?レスタトは馬鹿なの?
しかし、まあ細かいことは置いといて、レスタトにとってその音楽家との交遊は余程お気に入りの娯楽であったということなのでしょう……。
ルイがレスタトに、「彼のことを本当はどう思ってるの?」って訊けなかったのは、本当にレスタトが暴れるのが面倒くさかったからなのかな~?(笑)
レスタト視点の続刊にて、「ルイがレスタトに『捨てないでくれ』と縋った夜があった」とさらっと暴露されている箇所があるのですが、それが本当だとしたら、たぶんこの音楽家に関連した話だったのだろうと私は勘繰っています。
彼が若者(※注:音楽家)の住まいに一緒に行ってくれないか、と哀れっぽい声で頼んだものだから僕はぎくりとした。だいたい彼は、僕なんかと友達付き合いをしたい雰囲気の時は、確かに友好的だった。(中略)いい芝居やオペラの定期公演、バレエを見たい時には一緒に来て欲しがるのさ。僕は彼と一緒に『マクベス』を15回は見たはずだ。それが上演される度に行ったものさ。素人公演まで見に行くんだからね。僕の方から一言二言、彼の友情をよろこんでいると仄めかすだけで、こういうお付き合いから何ヶ月かは逃れることができた。いや何年もね。ところでこの時、彼はそういった気分で僕のところへ来て、若者の家に行ってくれとせがんだのだ。彼は僕の腕を取ってせがむ以上のことはしなかった。僕はといえば、気が重くぴりぴりしていたので、気のない口実をかまえた。(中略)こんなに悪い予感がするのに、どうして彼は何も感じないのか不思議だった。彼はついに床から書物を拾い上げて僕に投げつけ、怒鳴った。「じゃあ、おまえは益体も無い詩でも読め! くだらん!」そして飛び出していった。(p207-208)果たしてレスタトというキャラクターは本当にどうしようもない男だと思うんですけど、この、
おそるおそる、期待を込めてルイを誘ったのに袖にされてしまって、癇癪を起こすレスタトは可愛いとしか言いようがないですよね。腕を取ってせがんじゃうんだよ!? かわいい。いや、かわいいよ。
しかもこのシーンのどこが萌えるって、この直後に、ルイの
僕はこれで不安になってしまった。どんな不安だったかうまく言い表せないがね。彼が冷静に、感情を見せずに行ってくれたらなあ、と思ったものさ。っていう心情描写が続くとこですよ。
この時ルイは、クロウディアによるレスタト殺害計画のことでただでさえ情緒不安定だった。当然、そんなことをレスタトに打ち明けられるはずはないのですが、でも本当は、ルイはレスタトに自分の不安を理解して、寄り添って欲しいと思っていたんだろうなという気がします。
もしこの頃、ルイがクロウディアでなくレスタトを選んでいたら。
レスタトに全てを話していたら、どうなっていたんでしょうか。
ルイはこの後、クロウディアに殺されかけたレスタトを見殺しにします。そのことは、レスタトがルイに対して後々まで深い不信感を抱く切っ掛け――というか、むしろ不信の根源ともいうべき事件となるわけですけれども、もしここでルイがレスタトを選んでいたら、2人は100年後も相思相愛の恋人同士のままでいられたんでしょうか…?
……すみません、すごく一生懸命考えてみたんですけど、やっぱり想像がつきませんでした。
たとえ過去をやり直せるとしても、ルイはきっと、クロウディアを守ろうとするんだろうな。それが、破滅を先延ばしにするだけだとわかっていても。
[7回]
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