そんなこんなで、子どもができてしまったのでレスタトとの離婚をひとまず思いとどまったルイ。
ここからレスタト、ルイ、クロウディアの華やかな生活が始まります。破天荒で気まぐれなレスタトに振り回されて不安傾向が強かったルイも、クロウディアという存在を得て精神的に安定し、3人での家庭生活は意外なほど幸福に満ちたものとなりました。
…が、その前に。
原作の小説では、ここで一度舞台が現代へ戻り、ルイがレスタトについて語るシーンがあります。ちょっと短いですが、今回のブログ記事ではこの部分をクローズアップします。ルイの、レスタトに対する愛憎の想いが色濃く描写されてる部分かと思いますので、個人的にはかなりお気に入りの場面なのです。
「彼が小さな女の子にこんなことをしたのは、もっぱらあなたを自分のところに引き留めるためだったんですか?」若者はたずねた。「何とも言い難いところだな。あれは一種の声明だった。確かなのは、レスタトというのは、自分の動機とか信念とかについては、自分自身に対しても考えたり喋ったりしたがらない男だということだ。行動で表わさねば気がすまない類いの一人だった。そういった人間が、その人なりの生き方には方式や考えがあるということを人に喋ったり打ち明けたりするには、多分に何らかの圧力が必要なんだ。あの晩レスタトが巻き起こしたのもそれだな。(中略)だが実際、僕に留まって欲しかったんだ。僕と暮らすようになってはじめて、一人のときには及びもつかなかった暮らしをしていた。そして前にも言ったが、僕は彼に財産を譲渡するような署名は一切しないように気をつけていたものでね。それが彼を逆上させていた。だけど、さすがの彼も僕を説き伏せることができなかった」ヴァンパイアは急に笑い出した。「まあ、彼が僕を説き伏せてさせたあらゆることを考えてごらん! 何とも奇妙じゃないか。彼は子どもを殺すようそそのかすこともできたのに、金を手放すようには説き伏せることができなかったんだ」彼は首を振った。「だがね。貪欲さからではなかったんだな、あれは。ほんとうのところはね。わかるだろう。僕がそんな風にしていた原因は、彼を恐れていたからなんだ」「まるで彼がもう死んでしまったような話し方をしますね。レスタトは『こうだった』とか『ああだった』とか。彼は死んでいるのですか?」若者がたずねた。「どうかなあ。たぶん死んでいるだろうね。だがそのことは後まわしにしよう。クロウディアの話をしているところだったかな――…(以下続)」(p.154-156)このシーン、ルイの心情を想像しながら読むと、とても切なく苦しい気持ちになります。
第2巻で明らかになりますが、この頃レスタトは大きな秘密を抱えていました。たぶんそのせいで、ルイに自分の過去や人生について、あまり深い話をしてやることができずにいたんだと思います。60年以上も同棲していながらレスタトが自分の話を一切しなかった点について、ルイは「レスタトが言葉ではなく行動でしか示せない男だったからだ」と結論づけていますが、当時「どうして何も話してくれないんだろう」と悩まなかったはずはありません。ルイが、レスタトのことを財産目当ての男だと思い込んだ要因の一つには、そうした背景もあったのでしょう。
そして、財産目当ての男だとわかっていて、「財産を譲渡する書類には一切サインしない」と決めていたのは、やはりレスタトを自分のところに繋ぎ止めておきたかったからではないでしょうか。「(金を手放さなかったのは)貪欲さからではなかったんだな。ほんとうのところはね。わかるだろう……彼を恐れていたからなんだ」という言い回しの微妙さには、そのへんの背景が含まれているように感じられて仕方ありません。
首を振って笑いながら、「彼は子どもを殺すようそそのかすこともできたのに、金を手放すようには説き伏せることができなかったんだ!」と言ったルイの台詞は一見レスタトを嘲っているように見えますが、本当は、「彼が言いさえすれば人殺しまでしたのに、結局財布としか見られていなかった」「それでも自分から関係を断ち切ることがどうしてもできなかった」、そんな過去の自分を嘲笑しているように私には思えました。
それにしても、レスタトの愛を信じていなかったルイにとって、レスタトとの共同生活は相当惨めな状況だったと思うんですが、70年近くもよく耐えたな!とつくづく思います。というか、破局のきっかけはクロウディアだったわけですから、もし彼女が言い出さなかったもっと長く続いていた可能性もありましたよね。ちょっと思い込みが強いけどそれなりに賢く、プライドもあるルイが、レスタトと一緒にいたい一心でその状況に甘んじていたなんて、想像しただけでも涙が出ます。
「レスタト! もういいじゃん! マリウスの秘密なんて別にどうだっていいじゃん! マリウスよりルイの方が大事でしょ!? もう隠し事は無しにして、ルイを幸せにしてあげてよ!!」
と、思わずにはいられません。
…そうか。きっと、レスタトもこの本を読んで、「もういいか。マリウスとアカシャとエンキルがどうなっても」って思ったのかもな。だから2巻が出たのかもしれない。
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