――…そして、話は再び19世紀へ遡ります。
娘・クロウディアを迎えて、3人家族になったレスタトとルイ。彼らの生活はそれはそれは華々しく優雅で、満ち足りたものでした。
クロウディアは、わずか6年間に満たなかった人間としての生活のことなど、すぐに忘れてしまいました。彼女はまだ幼かったが故、ルイのように倫理的葛藤を覚えることもなく、人形で遊ぶのも同然の調子で平然と人を殺しました。
2人は、夢のように美しく無慈悲な悪魔となった小さな娘を、とても可愛がりました。上等な服を与えて着飾らせ、観劇に連れていったり。レスタトは夜ごと彼女を狩りに連れ出しては彼流の美学を教え込み、ルイはといえば倫理や文学、音楽、礼法など、人間の世界の教養を教え込もうとしました。しかし、レスタトもルイも、果たして彼女がそれをどのように感じているのか、どのように理解しているのかはわかっていませんでした。人間であった時間が極端に短く、情緒も未発達なままヴァンパイアとなったクロウディアは、ヴァンパイアとしての性質においてルイはおろかレスタトよりも生粋の存在です。そんな彼女が物事をどのように感じ、捉えているのかを知ることは2人には不可能だったのです。
とはいえ、ルイは概ね幸せでした。
レスタトとの間にある緊張感は完全になくなったわけではありませんでしたが、以前ほど致命的ではなくなりました。クロウディアを手にかけたことが、ルイの中で一つのきっかけになったのでしょう。ルイは人間の生き血を吸うことに対する抵抗感が薄れ、いつかレスタトが言ったような「ヴァンパイアらしさ」を持つようになったのです。かつてバベットを愛したような、人間が人間に向けるような愛ではなく、吸血欲と密接に絡まり合ったヴァンパイア的な愛情を、今ではルイも理解していました。吸血する姿をレスタトやクロウディアに見せることはどうしてもできなかったものの、ルイは多くの人間を殺すようになり、以前ほど鬱々と思い悩むこともなくなりました。
しかし、そんな日々が何年続いた頃でしょうか。クロウディアは少しずつ変化し始めます。
「彼女の体が!」若者が言った。「彼女は成長することがなかったんですね」ヴァンパイアはうなずいた。「永遠に悪魔の子どもでいる運命だった」彼はさも不思議なことのようにそっと言った。「僕が、死んだ時のまま若者でいるのとちょうど同じことさ。で、レスタトのことか?同じことさ。ただし、彼女の心は違う。(中略)彼女は前よりもよく話をするようになった。それでも内省的な人柄だったし、僕の話に口を挟まずに何時間でも忍耐づよく耳を傾けることができたがね。だが、彼女の人形のような顔はだんだんわけ知りの大人の目を持つ顔になってきたし、おもちゃを無視したり、ある種の忍耐をなくすことで、どことなく無邪気さを失ったようだった。真珠をちりばめたレースの小さなナイトガウンを羽織って、しどけなく長椅子に横になっている彼女には、どことなく官能的なところがあったな。彼女は不気味で腕のいい男たらしに成長していたのさ。声は以前と変わりなく澄んで美しかったが、女らしい響きがあり、時にはぞっとするほど鋭い響きもあった。何日間かは、普段の彼女らしいしとやかさでいながら、だしぬけにレスタトに向かって、戦争についての彼の予言を嘲ったりするのさ。そうかと思えば、クリスタル・グラスで血を飲みながら、この家には本が一冊もないじゃないの、盗んででももっと手に入れるべきだわ、などと言い出す。(中略)そんな時、僕はただもう呆気にとられていたな。彼女の気持ちは予測もできなければ、理解もできなかった。だが、彼女は僕の膝に坐り、僕の髪に指をからませ、僕の心臓の辺りに頭をもたせては、うたたねしてしまったりする。殺しが本や音楽なんかよりずっとまじめだと気づくまでは、あなたって決してあたしみたいに成長しないのよ、などとやさしくささやきながらね。「いつもいつも音楽ばかり……」彼女は囁く。「お人形さん、お人形さん」僕は呼びかける。ほんとうに彼女は人形だった。魔法の人形だ。笑い声、限りない知性、おまけにふっくらとした頬、花の蕾のような唇。「きみに着物を着させてくれ、髪をとかさせてくれ」僕は昔ながらの習慣でよく頼んだものだ。彼女がほほえみながら、しかもかすかにうるさそうな表情で僕を見守っているのに気付いていたんだがね。「お好きなように」彼女の真珠のボタンをとめようとかがむ僕の耳に息を吹き込みながら言うのさ。「今夜あたしと一緒に殺しをしてくれさえすればね。あなたって殺しをするところを決して見せてくれないのね、ルイ」(p.164-166)
このシーン、ルイとクロウディアの倒錯的な関係性が鮮明に表現されていて、ちょっと落ち着かない気分になります。もろに、幼い恋人の成長を受け入れられないロリコンの成人男性って感じですよね。私はルイのファンなんですけど、クロウディアも好きなんですけど、この2人の性的な関係性(人間でいうセックスとは違いますが、この物語のヴァンパイア設定に準じた場合、そう表現してもいいと思うんです)をあまり生々しく表現されると、若干の嫌悪感を禁じ得ません。いや、むしろルイのファンだから嫌なのかもしれない……。
まぁ、私の個人的な好き嫌いは置いとくとして。
今回、この部分を改めて読み返して、ルイはあくまでクロウディアの保護者でいるつもりなのですが、クロウディアはクロウディアで、ある部分ではルイを自分より未熟なものとして見ていたらしいというところが面白いなと思いました。
「殺しが本や音楽なんかよりずっとまじめだと気づくまでは、あなたって決してあたしみたいに成長しないのよ」ヴァンパイアにとって、殺しは生きるために必要不可欠な営みです。音楽や本が、娯楽・嗜好品の類でしかないとすれば、殺しは確かに『本や音楽なんかよりずっとまじめ』だということになります。ようやく人の生き血を吸うことができるようになったルイですが、まだ完全には殺しの習慣に馴染めていないことを、クロウディアはいつの間にか見抜いていたんですね。レスタトや他のヴァンパイア(この時点ではまだ登場してないですが)たちは、ルイの中に残ったその『人間性の欠片』を彼の美点として評価したりするのですが、そもそも「人間性」がまったく無いクロウディアはその価値を理解できず、ルイをただ単に「ヴァンパイアとして未熟な存在」としか見なしていません。
そして、年上の女が年下の男に教えてやろうとするかのように「今夜あたしと一緒に殺しをして」と誘うわけです。「あなたもそろそろ一人前のヴァンパイアになりなさいよ」と。
ところで、彼女に「お人形さん、お人形さん」と話しかけるルイは、さも性的な欲望など感じていないかのように見えますが、ルイに服を着せ替えられながら「一緒に殺しをして」と誘うクロウディアの台詞には、明らかに男と女の含みを感じます。
実際、クロウディアはルイの娘であり恋人だったと言われているわけですが……実を言うと、この「娘であり恋人」という関係が、私にはいまいちイメージがつきません。娘と恋人って、両立する関係性なんだろうか。
少し似ているパターンとしては、ガブリエルとレスタトの「母子であり恋人」がありますが、この2人の場合も、「母子」関係と「恋人」関係は両立していなかったと思います。私の記憶が正しければ、ガブリエルがヴァンパイアになった場面で、レスタトが「彼女は母ではなく、ガブリエルだった」と述懐する箇所が ありますし、ガブリエルもレスタトを息子ではなく対等な男として扱うようになり、人間だった頃の母子関係は一度そこで終わったように描写されていたはずです。
こんな細かいことが気になるのはもしかしたら私だけかもしれませんが、クロウディアがルイの恋人だったとして、彼女がもう子どもではないことにルイも気づいていたとしたら、ルイが頑なに気づかないふりで彼女を子ども扱いし続ける理由って何なんだろう、と思ったんです。
この辺りの解釈については人によって結論が異なると思いますが――、
結局、ルイはクロウディアを本当に恋人として見たことは一度もなかったのかな、と私は思いました。
クロウディアは、成り行きでレスタトとルイの娘になり。幼女のまま大人になって、女の色香を振りまきながらルイを誘ったりするわけですが、彼は素知らぬふりで「可愛い可愛いお嬢さん、髪をとかさせておくれ」と言うだけ。
ルイが時折彼女に応えて恋人のように振舞うのは、父親が幼い娘の恋人ごっこに付き合ってやるのと同じようなものだったのかもしれません。もっと言うと、ルイは、自分とレスタトのせいで「本物の恋人」を得ることができなくなったクロウディアに対して責任を感じていて、恋人役を演じてやることが義務のように思っていたのかも。
あと、今回のブログ記事ではレスタトに関してはほとんど触れられませんでしたが、ルイとクロウディアのやり取りを、レスタトが時に間近で見ていたと思うと感慨深いものがあるな、と思いました。もとはといえば、クロウディアはレスタトがルイに「プレゼントした」ものと言っていいくらいだと思いますが、彼女が「子ども」だった時期はともかく、時と共にルイと彼女の間に男女関係的な要素が強くなっていったことに、レスタトだって気が付いていたはずです。
当初はレスタトもクロウディアをよく可愛がっていたという描写がありますが、クロウディアが無邪気なお人形ではなくなった時点で、2人の対立は避けられないことだったんだろうなと思いました。
ああでも、それでも、レスタトとクロウディアと過ごしたこの65年間が、おそらくルイの人生で一番幸せだった時代なんだろうなぁ…。
次回、3人の生活は崩壊に向かって動き始めます。
[2回]
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