さて。意見の相違、価値観の相違などはありつつも、レスタト、ルイ、そしてレスタトの父親はしばらくの間(4年間とかどっかに書いてあったかも)、ルイの屋敷で平和に同居しておりましたが。
やがて、屋敷の使用人たちは、ルイとレスタトが人ならざる化け物であることに気が付き、騒ぎ始めます。
レスタトの父親は盲目で年老いており、自分の息子がとうの昔にヴァンパイアへ変身していることすら気が付いていません。そしてこの時、彼は病気で死にかけていました。
奴隷たちの疑心と敵意に晒された二人は、身の危険を感じつつも、レスタトの父親が自然死するまでは何とかそのまま誤魔化そうと苦心します。しかし、ついに奴隷たちの暴動を抑えきれなくなると、レスタトはやむなく父親を殺して逃げることを決断。ルイに「父親を殺してくれ」と頼みます。
自分にはとてもできないから、と。
一方、自分の死期が近いことを悟った父親は、自分の過去の罪を許すよう息子に乞うていました。
「レスタト」
老人は言った。
「せめて一度だけ、わしに辛く当たらないでくれ。一度でいい、昔のような少年に戻ってくれ、わしの息子」
彼は何度も繰り返した。「息子よ、息子よ」そのうち老人は何やらよく聞きとれないうわごとを言った。(中略)だが老人は、レスタトが思っているほど正気を失ってはいないことがわかった。ただ、正気ではあったが、何か凄まじい精神状態だった。過去の重荷が、ありったけの力で彼にのしかかっていた。(中略)
だが僕は、全力を尽くせば、彼の気を紛らわすことができると思っていたので、身をかがめ顔を近づけると囁いた。
「お父さん」
レスタトの声ではなく、自分の声でそっと囁いた。(中略)老人は、まるで暗い大海の波にひきこまれ、僕だけが彼を救うことができるかのように僕の手をつかんだ。彼はこの時、誰か田舎の教師のことを話した。名前は言わなかったがね。ただその教師は、レスタトが才気煥発の生徒であることを認め、教育を受けさせるために修道院に連れて行きたいと頼んだそうだ。老人は、レスタトを家に連れ戻し本を焼いてしまった自分自身を責めた。
「赦してくれ、レスタト」
彼は声を上げて泣いた。
僕は老人の手をしっかり握りしめた。こうすることが何か答えの代りにでもなればと願いながらね。だが彼は繰り返した。
「おまえは暮らしてゆくのに必要なものはすべて手に入れた。それなのにおまえは、あそこでの絶え間ない労働、それに寒さや餓えとたたかっていたあの頃のわしみたいに冷酷で残忍だ。レスタト、思い出すんだ。おまえは一番優しい子だったじゃないか! おまえが赦してくれさえすれば、神様はわしをお赦しくださるんだ」
そう、その時だった。本物のエサウ(『創世記』より。イサクとリべカの息子。弟のヤコブに、一杯のあつものと引替えに家督相続権を売った)が戸口からはいってきた。僕は身ぶりで、静かにと言った。だが、彼は気づかないようだった。そこで僕は慌てて立ち上がり、父親に遠くの彼の声を聞かせないようにしなくてはならなかった。(中略)
レスタトは老人を睨みつけた。
「殺してくれ、ルイ!」
はじめて聞く彼の声の訴えるような調子が、僕の心を動かした。そして、怒り狂って喰いついた。
「殺せ!」
「枕もとに行って、みんな赦すと言ってやれ。あんたが子供だった時、学校から連れ戻したことを赦すと言ってやれよ、さあ」
「何をだ!」
レスタトが顔を歪めたので、その顔は髑髏のように見えた。
「俺を学校から連れ戻したことをか!」
彼は両手を挙げると、ぞっとするような自暴自棄の怒号を発した。
「畜生! 奴を殺せ」
「いけない! 赦してやれ。さもなければ自分で殺れ。さあ、自分の手で父親を殺せ」
老人は、僕たちが何を話し合っているのか聞かせてくれと哀願した。彼は叫んだ。
「わしの息子よ、わしの息子よ」
するとレスタトは、気の狂ったラムペルスティルッキンが床を突き破ろうとするかのように地団太をふんだ。僕はレースのカーテンのところへ行った。ポワント・デュ・ラックの邸を取り囲む奴隷たちの姿が見え、話し声も聞こえた。彼らは暗闇の中で前後左右に動きながら近づいてきた。
「おまえは兄弟の中ではヨセフだった」
老人が言った。
「兄弟中で一番優れた子だった。でも、どうしてわしにそれがわかったろう。それを悟ったのはおまえが出て行ってしまった後だった。長い月日が経って、皆はわしに何一つ喜びも慰めも与えてくれずにいた。するとそんな時、おまえは帰ってきて、わしを農場から連れだしてくれた。だが、それはおまえではなかった。昔のおまえではなかった」
僕はレスタトに喰ってかかると、文字通りベッドの方へ引きずって行った。彼はこれまでになく弱々しかったが、同時に激しく憤ってもいた。彼は僕を振り払うと、枕もとにひざまずき、僕を睨みつけた。僕はきっぱりと囁いた。
「赦してやれ!」
「いいんだ、父さん。気を楽にしてくれ。私は何とも思ってないんだ」
彼は言ったが、その声はか細く、怒りを無理に押さえていた。
老人は枕の上で頭の向きをかえた。ほっとしたのか、何やら小声で呟いていたな。しかし、レスタトは既にその場をはなれていた。彼は戸口で一瞬立ちどまった。両手は耳にあてていた。
「奴らが来る!」
そう彼が囁いた。そして僕が目の隅に入るほどに振り向くと、
「彼を殺してくれ! お願いだ!」
老人は何が起こったかさえ知ることがなかった。(p.88-91)
ヴァンパイア・クロニクルズシリーズの中で、ルイ視点の第1巻とレスタト視点の第2巻以降でレスタトのキャラクターがかなり異なっているというのはよく言われることですが、この場面は、第1巻では珍しく、レスタト本来の人格が表れている貴重なシーンだと思います。
レスタトと父親の間にあった蟠りの原因は、ただ単に「学校から連れ戻したから」ではなくて、本当はもっと根が深い問題です(2巻を読むとわかります。学校のことも確かに一因ですが、それが全てではありません)。
ですが、父親は息子の受けた苦痛の正体をまったく理解できていないので、「お前を学校から連れ戻したことでお前が私を恨んでいることは知っている」と的外れなことを口にしています。
この時のレスタトの心情を想像すると、私は本当に胸が痛くなります。
レスタトだって、簡単に許せるものなら許したかったでしょう。誰だって親を憎みたくはありません。しかもレスタトは、一度家を出たのに、それでも父親の窮地を知って捨て置けず、大きな犠牲を払ってまで戻ってきたような男です。
でも、息子を虐待しておきながら、今の自分が不幸だからという理由でその罪を許せと言う身勝手な父親を許すことなど誰にできるでしょうか。
レスタトにしてみれば、戻ってきて、生活の面倒をみてやっただけで充分と思って欲しかったところだと思います。その上「許すと言ってくれ」だの、「もっと優しくしてくれ」「お前はそんな子じゃなかっただろう」だのと言われ続けるのは、やるせない思いがしただろうな…。(レスタトは父親に対して時折声を荒げることはあったが、ほとんどの時は優しく、親切にしていたとルイも言ってますしね)
結果的には、レスタトはルイに説き伏せられ、父親に「許す」と言いました。
ルイがレスタトに「許すと言ってやれ」と言い聞かせることができたのは、ルイがレスタトの過去をまったく知らなかったからに他ならないでしょう。もしこの時そばにいたのが二コラやガブリエルだったら、そんなことは絶対に言わなかったに違いありません。たとえ私でも言わない。
でも私は、レスタトが最後に父親に「許す」と言えたのは良かったのかもしれない、とも思うんです。
ここで「許す」と言えないまま父親を殺していたら、レスタトに後悔が残ってしまったかもしれないと思うからです。ルイに無理矢理「許す」と言わされたことで、レスタトは変に余計な後味の悪さとか、罪悪感とかを感じることなく先に進むことができたんじゃないかと。
この二人…良い夫婦だね…!!
でも、どっちにしても、この時のレスタトはきっとものすごく傷ついていたと思うんです。
だからせめて、あえて語られてはいないけど、ルイがこの後レスタトをたくさん甘やかしてあげてくれたといいな。この直後はそんな暇ないけど、フルニエール家へ逃げのびてからでもいいから。
いっぱい抱っこして、膝枕で眠れるまで撫で撫でしてやってくれ。
[2回]
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